母娘問題

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pasja1000 / Pixabay

先日の終活ノートで、

私は母のことを世界一大切な尊敬する大好きな愛おしい人と書いた。

嘘偽りは全くない。

ただ時々不定期に訪れる母に対して重いという感情

母が重いと打つこと自体まだまだ躊躇う自分

『あなたのために言ってるんだからね』何度聞いたか分からないこの言葉

私のやることはいつも応援してくれた母

女手一人で私を育ててくれた母にはもちろん感謝している

自分で打っておきながらこの文章に少し違和感を感じる

『育ててくれた』。。。。

私は果たして母に育ててくれとお願いしたのだろうか。

こんな屁理屈言っても仕方がないのだけれども。

親孝行って言葉も私には重い。。。

親に家を買いました、ビジネスクラスで海外旅行をプレゼント

目に見えるものだけが親孝行ではないなんて分かってる。

でもリビングに4kの大画面液晶テレビを買ったこともある。

無事に生まれてきて独り立ちしただけではダメなのだろうか。

身勝手なのだろうか。。。

日本にいる頃には気づかなかったけど、

無言の親孝行しろっていう日本での圧力に私は潰されかけていたのかもしれない。

テレビでよく見る介護問題

親の介護は子供がするものって何かテレビに洗脳されてる気がしてならない

母の両親は介護される年齢になる前に亡くなっているので私の母は両親の介護は未経験

母の介護はもちろんしたい

ただ1年そこそこが限界だと思う

子育ても介護もしたことない私は全ては聞いただけレベルの知識

あんなもん経験しないと分からないと思う

子育ては何も喋れなかった赤ちゃんがどんどん言葉を話せていけるようになったり、

出来ることが増えていくのに対して、

介護って今まで当たり前にできてたことが出来なくなっていくのだから

正反対なのかも。本人も家族も辛いって言われる所以はこれなのかな?

どちらも未知の世界過ぎる。

これからの私の人生、どこかに介護というイベントは待っている

もしかしたら訪れないかもしれない

ある程度の介護はして欲しいというのは母と確認し合ったので

もしその時が来たら今以上に覚悟しないと思っているけど

まだどことなく他人事

家に防災グッズを備えるのと同じ感覚で、いつ訪れるか分からない事に

対してただただ不安になって怯えるよりも

その不安の中に自ら突っ込んでいく感じ

そうすると結構自分が何に対して不安なのかがクリアになっていくから

自分が怯えているものは今までの人生の中で体験したことのない

『知らない』っていう事だけだったりする

こうなったらもう自分は何を備えればいいか分かってきて、

出来る限りのことはしたってなった時にふと振り返ってみると

おっ大丈夫じゃん私ってなる

だから今の私は昔みたいに母がいなくなることをただただ悲観したりしてない

しつこいけど本当に終活ノートを家族で一緒に作るのはおすすめです。

そんな私ですが時々母が重く感じます

先週ピークに重かった

東京とバンコク

悲しいかな仕事に忙殺されていたら電話に出れずメールも返せずにいたら

『何で電話でないの』

『メールくらい返せるでしょ』

『出れる時間に電話するからスケジュールメールしといて』

誰かに束縛されるのが本当に苦痛な私

それは母親であろうが同じ

むしろ束縛してくるのって家族や彼氏当たりの近い人

『何で電話でないの』って言ってくる人って

何故相手の出ない理由は考えないのだろう。。。。

出たくないから出ないんだって何で気づかないのだろう。。。

相手の考え方はどうにもできないのでその辺はスルーしてるけど

母を重く感じてしまう人って結構少なくないらしい

家庭のあり方はそれぞれだから何が正解とかはないけど、

私は長いこと母親と暮らしてきて、36歳から東京とバンコクという

遠距離恋愛ならぬ遠距離親子

一緒にいた時よりも重いと感じるスパンが短くなってきています

毎日連絡をするわけではないので母からの電話やメールの返信が遅いと

『何で折り返しくれないの』が始まるわけです

どうやってこの重いと感じる母親と付き合っていこう

タイに来て半年、自分が母親との距離の取り方について悩む日が来るなんて

あれだけ大好きだった母親を疎ましく思う自分

タイで働きたいという思いは昔からあって、

いろんなことが片付いたので36歳という世間では若くない年齢で

海外転職した私ですが、年齢はさほど気にしていない

寝ても2キロ痩せるみたいな10代20代のころとは確実に違って

若さで何とでもできてきた部分が、どうにもならなくなる

でも言い換えれば自分次第でこの辺は何とでもなるって事だと思う

もう30代だからと年齢を理由に何もしないのであれば本当にその通りになるし、

10代20代の時とは体力も、筋力も代謝も低下していくならば

どうすればいいか対策さえすればいい話なんだと30代になっていろいろ気づいた

この辺また別の機会に書くネタにしなければ

30代で海外に出ることを悩んでる人がいたら年齢は本当に関係ないって叫べます

タイに来てから自分の大切な人たちにもし何かあっても金銭面や時間に悩まず

すぐに駆け付けられる自分になりたいとう新たな目標ができた

≪≪≪≪40歳前にセミリタイア≫≫≫≫

twitter再開して本当によかった

いい意味でも悪い意味でも流されやすい私は

twitterでバズってるのを見たりしてて、こんな世界があるのかと。

す~ぐ感化されちゃうんです

だからと言って今の会社はまだ勤務してますし、

大金FXにつぎ込んだりなんかしていない

ブログで稼げてる人は一部かもしれないけど、

挫折しないで1年まず続けてみれば稼げる稼げない関わらず何か違う

世界が見えるかもってくらいの気持ちで取り組んでいます今。

資本金0で始めらるんだからとりあえずやってみようって軽いノリ。

でもやっぱり本音は稼げるようになりたい

だから会社員でもブログ書ける時間があれば書く

その日に全部仕上がらなくても下書き増やす

ブログと同時期に初めてみたwebの勉強

とりあえずTechAcademy無料お試し期間終わりました

天気予報を作るレベルまでいけます

再提出何回もくらったけど

新たな知識過ぎて時間置いたらすぐ忘れちゃうから

忘れてもOKくらいの気軽な感じで次行っちゃっていいと思います←無責任

何か難しいけど嫌いじゃない文字の羅列

この最初の感覚ってすごく大事だと思いません??

私多分FXよりこっち好きかも

今度参考書何か1冊読んでみよ

そんなわけでタイに来てから半年で見つけてしまった新たな目標

全ては自分がやりたくて決めたこと

母親に何かあった時に金銭面で悩まなくてもいい経済力が欲しい

これは母親を重く感じていても変わらない(と思う)

母親に何か言われたときに『私は母のためにこんなに頑張っているんだよ』

とは絶対に言わない

私が母を重く感じる時と同じような気持ちに母がなってしまうかもしれないから

きっとならないと思うが。。。

誰かのためにやっていると考えると疲れる

自分が好きでやっていると思うと何か言われても『私はこんなにやってるのに』的な考えにならない

これ言うのは簡単なんだけど、こんな考えができるようになったのは5年前くらいからで本当につい最近のこと。

先週母と話していた時にもっと経済力をつけたいという新たな目標も伝えた。

母に介護が必要になった時に金銭面で悩みたくない

その時に介護以外のことで悩めるほどきっと私に余力はない云々

だから今は自由にやりたいようにやりますと

出先で話していたのだけれど、涙がポロポロ溢れた

重たいとは言えないけれど言いたいこと伝えられてすっきり

これからも母のことを重いと感じる日は多々あると思う

それでも話せば少しは理解してくれる母親でよかった

私たち親子はお互い親離れ子離れができていなかった

今も完璧とは言えないけれど、少しづつお互いが距離を取れるようになってきた事で

とても楽に生きれるようになりました

一緒にいたころは、もし母に何か起きたらどうしようとかずっと考えていたけど

離れて顔が見えなくなることで、何かあってもすぐに駆け付けられる自分になろうと

自分が主体になって考えられるようになった

実家が東京のど真ん中でこの歳になるまで一人暮らしはほぼしたことがない。

学生時代に留学した1年間だけが唯一の一人暮らし。

東京出身で独身の人って結構一人暮らし経験なしの人って多い

私の周りには結構いる

家賃の高い東京でわざわざ一人暮らしする必要なんてない

こういう人達でもし母親との関係に悩んでる人がいたら

一度距離を取ってみるのもアリだと思う

でもその前に終活ノート←←いい加減しつこい

強くおすすめしますよ

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