突然パリに行きたい

未分類
Pexels / Pixabay

パリに行きたい。

今は仕事休めないから行けないけれども言葉にすると現実になることが多いので

言っておこうっていう記事w

昨日ふとマリーアントワネットの夢を見た。

内容はさすがに覚えてないけど、マリーアントワネットが私の夢に出てきたのは確か。

マリーアントワネットが大好きで、と言っても歴史で学んだり

遠藤周作の小説を読んだり、藤本ひとみのマリーアントワネット関連書物を

読み漁ったレベルなので私が思うマリーアントワネットは彼女の一側面に過ぎない。

もしかしたら第三者が作り上げた彼女の虚像に惹かれているかもしれない。

それでも私はマリーアントワネットに惹かれる。

14歳で結婚。それも政略結婚

当時は普通の事かもしれないが14歳って中学2年生。

中学2年生の頃の私は私立の女子校に通っていて、

森田剛世界最強って授業中に叫んでみたり←←だいぶヤバいwwww

朝のラッシュ時に痴漢捕まえたり、

担任の先生に『何で人間って辛くても生きていかなきゃいけないの』って

質問をHR(ホームルームって今もあるの??)でぶつけたりと

相当毎日騒がしく全力で生きていました。

なのに時代が違うだけで同じ14歳で外国に嫁いだ子がいると知ったのが

高校の世界史の授業だったと思う。

そこから何となく気になる存在だったマリーアントワネット。

悲劇のヒロインと言われるのも気になった。

決定打は高校の頃に通った予備校の世界史の先生が毎回いろんな世界の話を聞かせてくれるのが楽しくて楽しくて。

高校3年の時は世界史一色な私でした。

その先生が当時のヴェルサイユ宮殿は絶対に臭かったはずみたいな話をしていて。

あんな絶世の美女でも外でウ〇コしてた

んだって思ったら一気に好きになったわけで。

彼女が好き好んで外でウ〇コしてたはずはないだろうけど。

時代的にまだ水洗トイレはないはずだし、水洗トイレあった説もあるようだけど。

有名なのはドレスの下にお丸を常備していたとか。

絶対臭いやつ。。。

寝室の近くにトイレがあったり。でも蓋式なので従者の人たちがどこか別のところに

捨てていたのでしょう。

この時代の方々は香水をプンプン匂わせていたっていうのも何か分かります。

何で自分がこんなにマリーアントワネットに惹かれるのか分からなかったけど

マリーアントワネットを表現する言葉として

『美貌、軽率、わがまま、浪費家、世間知らず、頑固、個性的、ファッションリーダー、パンがなければお菓子を食べればいいじゃない、健気』等々。

枚挙にいとまがない。←←言いたいだけw

パンがなければお菓子を食べればいいじゃないというこの発言は実際は

マリーアントワネットの発言ではないのに。。。

当時のフランス国民から『オーストリア女』と呼ばれていたり、

悪評の的になったり、無罪である首飾り事件。

ルイ14世や15世には愛人がいたのに、ルイ16世は真面目で狩りが好きだったためか、

彼には愛人はいなかったようだし、残されている肖像画もお腹がちょっと出ていたり、あまりお顔立ちはいいほうではなかったようです。

ルイ16世に限らず、他の方々もお腹はかなりの高確率で出てらっしゃいますが。

ルイ16世が愛人を持たなかった事もアントワネットが悪意を持った人たちから妬まれたりする原因の一つだったんだと思います。

もし彼女が今の日本にいたら文春砲の格好のネタにされているんだろうな。

週刊誌とか今まで買ったこともないですが。ほっとけよって思ってしまう。

もしマリーアントワネットが今生きてたら、インスタのフォロワー数とか

きっと世界でもトップレベルだと思う。

絶対フォローしたい。

生まれてきた時代が違うだけで、断頭台に送られることになったアントワネット。

きっと今生まれてきてもネット民と名前を変えただけの好奇心旺盛な

人達の格好のカモにされてしまうのかも。

アントワネットの最期について書かれた本を読むと彼女を嫌いにはなれない。

彼女は確かに浪費癖があったかもしれないが、彼女の浪費だけでフランスが

財政難に陥ったわけではない。

彼女がフランスに来る前、太陽王ルイ14世、15世の時代からとっくに破綻していたと言われている。

彼女が義理の妹に残した遺書に『無罪の罪で断頭台に送られるのは恥ずべきことではない』と書き記していたのとか聞くと、

もうフランス行きたい。ヴェルサイユ宮殿行きたいってなるから厄介。

宝塚歌劇団では済まないのだ。

初めてフランスに行ったときはそれはそれは興奮した。

着いた瞬間から1枚1枚写真に収めたかったので、親から借りた一眼レフを

機内上空から準備万端だったのですが、

到着前に飛行機が乱気流に入ってしまい揺れる揺れる。

当然のごとくふらふらで機内を後にしたのですが、あまりにも気分が悪くなってしまい、空港で少し休んでいたのですが立ち上がった瞬間、一眼レフを落下させてしまい

レンズに亀裂を生じさせるというトラブル勃発。

勃発というか自分が壊しただけですが。。。

撮った写真には全て変な光が入っていたり。。。

写真はあまりいいものを残せなかったけれども、自分の目で見てきた

コンシェルジュリー、コンコルド広場、ヴェルサイユ宮殿、プチトリアノン。

約230年前にこの場所にマリーアントワネットがいたんだと思うだけで

何だか感無量な気分になりました。

もっとアントワネットのことを知りたいと思うようになったし。

コンコルド広場では何千人もの命が処刑されたと言われています。

広場中央にはマリーアントワネットの名前が彫られているプレートがあり、

私は数分間その場に突っ伏していました。

斬首刑の際の刃物の角度を斜めにするよう助言したのは彼女の夫ルイ16世であったのも

とてもやるせない気持ちになります。

その後、死刑執行人のサンソン家の関連書物を読んだり。

思ってることを人に伝えるのって難しい。

だからブログを通して練習していきたい。

そんな私がアントワネットを通じて伝えたいのは、

歴史的な建物や品物がまだ残っていて、そこに行けば自分の目で

見て何かを感じれることができるなら、それは行ったほうが

少なからず自分の人生豊かにしてくれますよ。っていう

つたないお話でした。

文章力どうにかせんと。

あ~パリ行きたい。

コメント